複雑性PTSD

2022年05月30日


カウンセリングに訪れる人の多くが「生きづらさ」を抱えて苦しんでいます。

・自信がない。自分に対して価値を認められない
・円滑な対人関係を築いて維持することが難しい
・怒りや恐怖などの感情をコントロールできなくて、衝動的に反応してしまう
・常に不安で頭の中が忙しすぎて、落ち着きが保てない
・いつも緊張してリラックスすることができなかったり、少しの音にも驚きすぎたりしてしまう
など

こうした人のほとんどが、子ども時代に安全な家庭で安心して過ごせなかったり、マルトリートメント(児童期虐待)を受けていたりして、複雑なトラウマ(心の傷)を抱えています。

このように、子ども時代から長期にわたり反復的に繰り返し受けたトラウマによって生じた精神的・身体的な症状を持つ疾患を『複雑性PTSD=CPTSD (Complex PTSD) 』といいます。


トラウマとは

トラウマとは、極めて驚異的で恐ろしい出来事により受けた心の傷=心的外傷のことをいいます。
これは、大きく2種類に分かれます。

1.単回性トラウマ

『あのとき』と限定することができる、非常な驚異・恐怖的出来事によって生じた心の傷です。
・例:自然災害や人為的災害、事故、事件、犯罪被害(暴行やレイプ)など

2.複雑性トラウマ
日常的に長期・反復的に繰り返された、非常な心理的苦痛や恐怖体験によって生じた心の傷で、複雑性PTSDの原因です。
・例:虐待(身体的・心理的・性的)、DVや面前DV(両親の激しい喧嘩の目撃等)、いじめ など

※1人の方に、PTSDとCPTSD 両方の診断名がつくことはありません。
複雑性PTSDだった方が、後に単回性のトラウマを体験してしまうことがありますが、その際も、診断名は1つです。


複雑性PTSDの症状

ICD-11という診断基準によって、以下のように「PTSDの3症状+追加3症状」となっています。

1.PTSD症状

①再体験症状:思い出したくもないのに、何かのきっかけによって、過去のつらい体験の記憶があたかも現実のようによみがえり、当時と同じままの苦しみを味わってしまいます。
・フラッシュバック
・繰り返す悪夢
・思考や気分の形での侵襲症状

 

②回避・麻痺症状:苦痛や痛みを感じないように努力しています。
・トラウマについて、話をしたり思い出したりしないようにする
・トラウマを思い出させる活動・場所・人を避ける
・出来事の一部が思い出せない。記憶の断片化
・感情の幅が狭まる(喜びや愛を感じられない、恐怖が増大する など)

③過覚醒症状:トラウマを思い出したときに起こる身体反応であり、現在も脅威にさらされているという持続的な身体の認識です。
・睡眠障害(就眠困難、中途覚醒、浅眠など)
・集中困難、過緊張
・過度の警戒心(常にビクビクしている)
・過剰な驚愕反応(小さな音や揺れにも驚きやすい)

2.追加症状
④感情調整の問題:感情が過剰または乏しすぎるというようにコントロールが難しかったり、感情そのものを把握することも困難だったりします。
・激しい怒り、易怒性(些細なことでもキレてしまう。怒りやすい)
・攻撃性(自分に向くこともある=自傷行為)
・陰性感情(非常に強い不安感・絶望感・孤独感・抑うつなど)

⑤否定的な自己概念:自分自身に対する、持続的で過剰に否定的な信念や予想です。
・自分は弱い。自分には何もできない(恥)
・自分はみっともない。情けない
・自分は人生の敗北者だ
・自分には価値がない(無価値観)
・自分のせいだ。自分が悪い(罪悪感)

⑥対人関係の困難さ:円滑な対人関係を構築したり維持したり、他者に親密感を抱くことができない。
・他者との距離のとり方がわからない
・人の輪に入るのが苦手
・過度に従順になったり、避けたりする
・人が怖いため、顔色をうかがう
・自己主張ができない
・人が信用できなくて、過剰に警戒してしまう
・人に相談したり、頼ったりができない
・自分で何とかしなければならないと、抱え込む
・すぐに嫌われたと感じて、関係を断ってしまう
・一人が好きだが、寂しいのは絶望する

このように、どれも非常に強い苦痛を伴い、生きていくことを困難にさせてしまいます。
まさに「生きづらさ」です。
ですが、これはすべて「症状」です。
症状ですから、改善し、克服することができるということを忘れないでください。


複雑性PTSDは他の疾患と診断されやすい

複雑性PTSDは、2018年のICD-11でようやく正式な診断基準として公表され、2022年1月1日から診断名として正式に発行可能となりました。
ですから、その概念自体がとても新しい疾患です。
また、その症状の多様さと複雑さ、あるいは回避症状によって、下記のような疾患と診断されたり、状態と判断されたりしていることも多いといわれています。

・うつ病
・双極性障害
・不安障害(社交不安症、パニック症、全般不安症など)
・摂食障害
・アルコール依存症
・強迫性障害(強迫症、醜形恐怖症、抜毛・皮膚むしり症など)
・統合失調症
・発達障害(ADHD、ASDなど)
・境界性パーソナリティ障害
・不登校、ひきこもり


複雑性PTSDの治療

1.薬物療法
現在、PTSDおよび複雑性PTSDの治療は第一にトラウマ焦点化心理療法が有効で、薬物療法は第二選択となっています。
(トラウマ焦点化心理療法の効果量は、薬物療法の効果量よりも大きかった ~PTSDに対する心理療法と薬物療法の比較:メタ解析/2016~

薬物療法を行うのは、以下の場合とされています。
・症状が重症かつ/または持続的
・日常生活の障害が深刻
・重症の不眠
・他の精神医学的問題がある(うつ、不安、自殺念慮など)
・現在も多くのストレスを経験している
・すでに精神療法を受けているが、なお症状が顕著
~出典:日本トラウマティック・ストレス学会ホームページ~

その場合、有効な薬剤は以下のとおりとなっています。
◎パロキセチン(パキシル)SSRI抗うつ薬、2013年11月に適応承認・効能追加
◎セルトラリン(ジェイゾロフト)SSRI抗うつ薬、2015年3月同上
○ベンラファキシン(イフェクサー)SNRI抗うつ薬
・デュロキセチン(サインバルタ)SNRI抗うつ薬
・ミルタザピン(リフレックス、レメロン)四環系抗うつ薬
・オランザピン(ジプレキサ)、クエチアピン(セロクエル)、リスペリドン(リスパダール)


※医師にご相談ください。

2.心理療法
1)安全確保のための環境調整

現在の住居や同居家族などの環境が危険なままであったら、どんなに優れた治療であっても効果は望めません。
まずは安全で安心できる、居心地のいい環境が備わっていることが大前提です。
過去、クリニック時代に、同居親族の暴力に晒されていた患者様について、医師とともに区役所の方と連携して、一人暮らしのあと速やかに生活保護へと繋いでいただいたこともありました。
他にもシェルターの利用など、さまざまな支援が用意されていますので、諦めないでいただきたいと思っています。

2)心理教育

「自分がいま体験している苦しみは何なのか。自分のからだに何が起きているのか」を知ることができると、自分は全然悪くなかったんだと理解ができて、楽になれます。
自分のからだは生き延びるために最善を尽くしてくれていたんだと、自分のからだに感謝して、慈しむこともできるようになっていきます。

そして、長年自分を苦しめてきた症状に対しても、自分自身で適切な対処がとれるようになるので、少しずつ自信もついていきます。
知識は人を助けます。回復を促進します。

トラウマ治療に欠かせない心理教育には、以下のようなものがあります。
・PTSD/CPTSD(疾患)について
・薬について
・トラウマと脳
・ポリヴェーガル理論
・マインドフルネス
・セルフケア(自分でできる対処法)の習得

*1回80分の単発の講座も随時開催していますので、「とりあえず知識だけでも習得したい」とお考えの際には『ご予約→お問い合わせフォーム』より、お気軽にご連絡ください。

3)カウンセリング
薬物療法のところでも記したように、現在のPTSDおよび複雑性PTSDの治療の第一選択は、トラウマ焦点化心理療法であるといわれています。
以下に、その具体的な療法をご紹介します。
~2021年11月~2022年2月、厚労省主催、PTSD対策専門研修より~

(1)トラウマ焦点化心理療法
1⃣認知行動療法に含まれるもの
認知処理療法(CPT):PTSDに有効
STAIR(児童期虐待を生き延びた人々の治療):複雑性PTSDに有効
◎EMDR(眼球脱感作療法):当室では、第二世代のEMDRを導入しています。
持続エクスポージャー法(PE療法):PTSDに有効。現在習得中。当室では2022年10月以降に導入予定です
・ナラティブ・エクスポージャー・セラピー(NET):当室では行っておりません
・トラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT):対象は児童。当室では行っておりません

2⃣身体志向心理療法
〇ソマティック・エクスペリエンス(SE)
〇センサリーモーター・サイコセラピー(SP)

3⃣その他の心理療法
・対人関係療法(IPT)
・ストレス免疫療法(SIT):当室では行っておりません
・現在中心療法(PCT):当室では行っておりません
・内的家族システム療法(IFS)

4⃣その他
・マインドフルネス
・セルフコンパッション
・栄養療法(症状や採血データに基づいて)

🌸従来より、認知行動療法はうつ病や不安障害への効果が非常に高く、厚労省が唯一治療として認めてきた心理療法です。
私自身、17年間カウンセリングに導入しており、その有効性を実感しています。
☞詳しくは、ブログ:自分で認知行動療法①#8~#17 をご参照ください。

🌸上記でご紹介した心理療法の詳細については、今後もブログで紹介していきますので、楽しみにしていてくださいね。


おわりに

f-MRI(機能的磁気共鳴画像法)の登場によって医学が劇的に進歩した現在では、トラウマ(心的外傷=心の傷)は、心だけでなく身体(脳)にも刻まれていることがわかっています。
そして進歩した医学に基づいた根拠(医学的エビデンス)のある方法も明らかになってきています。

特に、複雑性のトラウマは、長期にわたる受傷ですから、時間は必要です。
話を聞いてもらうカウンセリングももちろん効果はありますが、それだけでは「傷の話をしているだけ」で、肝心の傷は放置されたまま、のようなものです。
トラウマは自然には回復できない傷ですが、諦めずに適切な処置をすれば、必ず治っていくものです。

以前、別の記事でこそりと呟いたことがありました。
私自身も複雑なトラウマを抱えて、とても生きづらい20代30代を生きていました。
クライエントさんには時折自己開示していますが、10年以上うつ病と共存し、休職も経験しました。
減断薬時には、離脱症状にも苦しみました。
ですから、認知行動療法をはじめとしたさまざまな取り組みは、私自身が実験台でもありました。
自分で体験して「すっかり完治した」と堂々と言える今だからこそ、医学の進歩を信じて試してほしいと思っています。

脳には「可塑性」があります。
そして、私たちは困難を乗り越えて回復する力「レジリエンス」を持っています。
必ず克服できます。

それを信じて、勇気を出して治療に臨んでほしいなと、心から願っています。

一人でも多くの方が「自分の人生」を楽に、楽しく幸せに生きていけますように。
一人でも多くの方の、心からの笑顔を見たいと願っています❀

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