PTSD/複雑性PTSD

ポリヴェーガル理論とトラウマからの回復 #25

2021年11月14日

 

今回は、アダルトチルドレン、単回性または複雑性PTSDなどの、トラウマを抱えて苦しんでいる人たちが、そのトラウマから回復するにあたって知っておいてほしい『神経系のお話』です。

『ポリヴェーガル理論』といって、今や、これなくしてトラウマ治療を語ることはできません。
これにより、いわゆるセカンドレイプ「そのとき、なぜ逃げたり戦ったりしなかったのか」と非難されたり、あるいは、身体的な不具合が見られないために なかなか回復できないことを責められ続けてきたトラウマサバイバーに、論理的で正当な理由を提供することができるようになりました。

そしてまた、パニック(障害)症・社交不安(障害)症などの不安症や うつ病の人たちにとっても、「今の状態は神経の覚醒度でみたら、どの状態にあるのか」を客観的に知るための指標になります。
確認できた覚醒度に相応した、必要で有効な対処法を考えて、取り入れていける点からも、非常に重要な知識です。

日々、私自身もこの神経系の理論を取り入れたカウンセリングを行っていて、とても有効で、なくてはならない大切な知識だと実感しています。


ポリヴェーガル理論とは

1994年にスティーブン.W.ポージェス博士が発表した研究に端を発します。
ポージェス博士は、イリノイ大学やメリーランド大学ほか名誉教授を経て、トラウマ研究センターなど幾つもの研究所で代表を歴任後、2020年にポリヴェーガル・インスティテュートを創設しています。

「ポリ・ヴェーガル」は「複数の・迷走神経」を意味します。

当時、博士は神経生理学分野で新生児研究を行い、新生児治療に有効な呼吸性洞性不整脈の知見と迷走神経(ヴェーガル)の作用機序の明確化について発表しました。
ところが、博士はこの段階ではトラウマを対象としていたわけではありませんでした。
この研究を知ったトラウマ学者たち、ベッセル・ヴァン・デア・コーク(トラウマ研究の第一人者、トラウマセンター創立者、『身体はトラウマを記録する』著者)、ピーター・A・ラヴィーン(最新のトラウマケアであるソマティック・エクスペリエンシング=SE開発者)、パット・オグデン(エビデンス豊富なトラウマケアであるセンサリーモーター・サイコセラピー=SP開発者)らが、トラウマを理解するために不可欠のものと認め、貢献し、治療モデルにまで発展させていったのです。

トラウマサバイバーの身体が、どのようにトラウマに反応しているのか。
それは意識の関与できないところで繰り広げられてきた、生存のための壮大な戦術であったことを教えられます。
決して「頭がおかしくなった」のでも「壊れてしまった」のでもなくて、生き延びるために最善を尽くしてきたことに気づかせてくれています。
そして、今はまだ様々な能力を回復しないままに生きているだけであって、そこから回復できる道はちゃんとあるんだよ、と示してくれてもいるのです。

このようにして、ポリヴェーガル理論は、トラウマで苦しむ人達に福音をもたらしました。

 

3つの自律神経系

自律神経系は、交感神経系と副交感神経系の2つとして知られています。
そして副交感神経系は、リラックスをもたらす「良い働き」をするものとして扱われています。
けれど実は、その副交感神経系がときに生命の危機となる「徐脈」をもたらし、突然死まで引き起こす働きを持っていたこと(迷走神経パラドクス)が、ポージェス博士の研究によって明確に説明されることとなりました。
それによって、この副交感神経系には、異なる複数の(ポリ)迷走神経系(ヴェーガル)、①腹側迷走系と②背側迷走神経系があることがわかったのです。

そして自律神経は、自立した「自律」の神経ですから、意識を介さずに「身体」として安全や危険を知覚します。
この神経知覚のことを「ニューロセプション」といいます。

1)腹側迷走神経系

私たち人間の身体は「安全」を感じているときに、誰かとつながって共感し合う「社会的交流」を行います。

これは、人間に特化しています。
私たち人間は、他の哺乳類と比べても非常に未成熟な状態で生まれます(例えば馬は生後30分ほどで立ち上がります)から、表情や声によって養育者に空腹や快・不快を伝え、助けてもらわなければ生きていくことはできません。
ですから、この社会的交流を司る腹側迷走系の主な領域は、コミュニケーションを司る、首から上(顔・目・耳・声・頭など)となっています。

そして、この状態にあるときに「危険」を感じると、ひとは周囲に助けを求めます。

2)交感神経系

「危険」を感じて周囲に助けを求めても、周囲に誰もいない、あるいは目の前の人が助けを求めてもいいような安心安全な人でない場合、ひとはその身体も「危険」を知覚し(ニューロセプション)、「闘争/逃走反応」(逃げるか戦うか反応)を選択します。

これは、ポリヴェーガル理論以前の脳科学的知見の段階では「通常のストレス反応」として扱われてきました。
しかし、現在では、安全が脅かされたときにとる「生き残るための自己防衛の戦術」としてとらえられています。

原始時代であれば、石斧を振り回して獲物と戦ったり、走って逃げたりすることで生き延びることができました。
けれど、技術の進歩した現代社会で私たちは、もっと違うやり方でこの反応を示しています。
例えば「戦う」は、怒鳴る・物を投げつける・嫌味を言う・なじる・マウンティング・意図的に無視をするなど。
「逃げる」であれば、人との関わりを断っていく・絶縁する・ネットやお酒に依存した現実逃避など。
いずれにしても、これらは他者を責めるという傾向ですから、している側もされている側もかなりつらい状態です。

また、この状態で体験するのは、自制がきかない・理性で抑えられない・慢性のイラつきや激しい怒り・強い不安やパニックなどの心理的負荷と、
交感神経系の主な領域が首下から横隔膜上(心臓・肺・筋肉など)のため、脈拍と呼吸の増加・胃腸機能の低下・ビクッとする驚愕や筋肉の緊張といった身体の反応です。

これは「過覚醒」の状態でリラックスができませんから、やはりかなりつらい状態です。

3)背側迷走神経系

そして、戦うことも逃げることもできないとき、ひとはその身体が「生命の危機」を知覚し(ニューロセプション)、不動・シャットダウン・凍りつき(解離・虚脱)を選択します。

これが「生き残りをかけた最後の戦術」であり、ポリヴェーガル理論がトラウマからPTSDの症状を見事に論理的に解明してくれたシステムでした。

動かなくなることでエネルギーを温存し、シャットダウンすることで脳の血流と酸素の供給を減らします。
それによって苦痛を感じることなく、最小限のエネルギーで生存の機会を延ばすといった戦略をとって生き延びるのです。

この状態が慢性化すると、神経が落ち込んで、そのままになってしまいます。
ここで体験するのは、体がいうことをきかない・落ち込み・どんなに寝ても疲れがとれない・無力感や自己否定感などの心理的負荷と、
背側迷走神経系の主な領域が横隔膜から下(主に胃腸)のため、脈拍と呼吸の低下・消化機能の不調・動作緩慢で鈍重といった身体の反応です。

これは「低覚醒」の状態で、戦いとは対照的な、諦めや降参・敗北を選択します。
自己否定など、自分を責めるという傾向に陥ってしまいますから、これもかなりつらく生きづらい状態です。

こうした過酷な状況下で、あらゆる生存のための戦術を駆使して生き延びてくれたトラウマサバイバーは、本当に英雄的な人たちだと言えるのです。

       

トラウマからの回復のために

ポリヴェーガル理論は、心と身体はそれぞれの単体ではなく、自律神経系を通して全体として機能していることを論理的に説明してくれました。
そのおかげで、今ではこうした神経系のシステムをベースに具体的で有効な方法がさまざま用意されています。

①心と身体、双方の
「安全」「安心」を高める働きかけを何よりも優先する

② トラウマインフォームドケアを参考にする

③過覚醒や低覚醒が起きているときは、安全が脅かされた「ストレス反応」や「トラウマ反応」と考えて対処する

無意識に入る生存本能の自動運転スイッチを、手動運転に切り替えていく
扁桃体がスイッチを自動的に切り替えてしまっているため、前頭前野を活性化させる

⑤覚醒状態を把握する。「上げ止まり」や「下げ止まり」のように突出したときはすばやく自律神経を落ち着かせ、速やかに「耐性領域(最適な覚醒領域)内」に戻れるようにする

・自分に合った方法(呼吸法、グラウンディング、リソーシング、五感を使って意識を向けるなど)を見つけ、試し、いざというときにすぐ使えるように練習を重ねて体得しておく
・神経系エクササイズを日課とする

⑥トラウマ治療
・認知行動療法
・CPT(トラウマへの認知処理療法)
・STAIR/NST(児童期虐待サバイバーへの治療)
・EMDR(トラウマ処理、私は第2世代を用いています)
 
⑦感情と身体の感覚に気づき、味わって繋がれるようになることで、回復する
 ・AEDP
 ・フォーカシング
 ・ソマティック・エクスペリエンシング(SE)
 ・センサリーモーター・サイコセラピー(SP)

⑧解離・構造的解離を理解することで、深い癒しと統合が可能になり、回復する
 ・SP
 ・内的家族システム療法(IFS)
 ・パーツセラピー
 ・スキーマ療法



おわりに

私が初めてPTSDと診断を受けた方のカウンセリングに携わったのは、今から15年以上も前のことです。
そのひとは、犯罪被害者の遺族の方でした。
部屋に入ってくると、①毎回同じ話を一言一句違えずに、一見感情を交えず淡々と、目撃した一部始終をありありと語り続けました。
ただし、淡々と見えるのはあくまでも「一見」でした。
目はうつろで表情はなく、声には張りもなく非常に微か。
そして、②部屋の外の待合の物音や声が聞こえた途端、過剰に反応してビクッと身体をすくませました。

今でしたら、
①は「低覚醒状態」ですから、背側迷走神経が安全を感じられる方法で「耐性領域内」に慎重に誘導していきますし、
②は「瞬時に切り替わった覚醒状態」ですから、交感神経が安全を知覚して安心して「耐性領域内」に落ち着く手段を一緒に行うことができます。

けれど、当時はまだポリヴェーガル理論は日本には普及していませんでした。
当時の私にはもちろん、今のような知識はありませんでしたから、毎回「振り出しに戻った」ような状況が、毎回そのひとが部屋に踏み入った途端に繰り広げられてしまうことに、ただ困惑していました。
どう対応するのが最善なのかがまったくわからず、傾聴するしかできなかったのです。

このまま毎回、同じように聴き続けていていいものか。
はたまた、この口を止めてしまってもいいものなのか…
悩み続けました。

もちろん、ボス(クリニックの院長)や、スーパーバイザー(今も継続して受けている教授)や、カウンセラー仲間に尋ねても、誰も何も教えてはくれませんでした。
手の届く限りの文献をさらっても、出てくるのは海外の帰還兵や性的被害を受けた方、または阪神淡路大震災の被災者についてばかり。
犯罪被害者についてとか、トラウマの機序の説明や対処法は、どこにも載っていませんでした。

それでもその方はやがて変化を起こし、被害者遺族の会に参加して、前に進んでいきました。
ポリヴェーガル理論をベースにトラウマについて学び、実際のカウンセリングに活かし、効果を実感している今だからこそ、あの傾聴メインのカウンセリングでも前へ進んでいってくださったクライエントさんには感謝の思いしかありません。
ひとの持つ、壮大なレジリエンス(回復力・つらい体験から立ち直る力・心の弾力性)を改めて感じます。


ラウマの記憶は神経のレベルで非言語的に残っていることも多いですから、単に受容・共感、支持や指示でカバーしきれるものではありませんし、
身体(脳神経系)に刻まれた傷を深追いする危険性もはらんでいます。

トラウマからの回復には、専門的な知識を必要とします。
クライエントさんの負担が最小限で済むように、それ以上苦しまなくても済むように、上記に緑色で記したような対応が必要となる場面は現実に存在していて、その対応で安心を取り戻していただけていたりしています。

ですから、トラウマによる苦しみを克服したいと決めたなら、脳神経系~身体を熟知しているカウンセラーによるカウンセリングを選んでほしいと思います。
あなたの大切なこころのために。

一人でも多くの人が「自分の人生」を楽に、楽しく生きていけますように。
一人でも多くの人の、心からの笑顔が見たいと願っています❀

 

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